大会会長挨拶

 臨床とは、いかなる時も危機介入 crisis intervention であると、訓練の中で繰り返し教わり、私自身の臨床的態度に刻んでいることの一つです。クライアントの危機に共にいることができるか、できているのか、それはつまり、私たちセラピスト自身の危機でもあると思います。複雑性PTSD、適応反応症につづき、発達障がい診断が子どもだけでなく大人にも蔓延している現代、対処の仕方など障害を抱えながらの生きやすさを求める自己受容のカウンセリングや、投薬治療ばかりが目を引きますが、いかなる現実にも向き合い生き抜く人格の発達、成長、変容を追求する心理療法にこそ、なせる仕事があります。さらには、進化を加速させるIT社会によりAIが人を置き替え始めている今だからこそ、その危機に、人にしかできない臨床を身につけ、発展させていくことの意義を改めて唱えたいと思います。
 心理療法では、クライアントとセラピストの関係に、転移-逆転移としてクライアントの心の世界が表れるとされますが、その時セラピストがgenuineな自分を見失うならば、それは「今ここで」におけるクライアント-セラピスト関係の危機とも言えるのではないでしょうか。転移-逆転移こそがクライアントの無意識の世界への入り口(Klein, 1951)とし、それを分析、探求することが精神分析的心理療法です。セラピストはクライアントの無意識を映し出す鏡であり、同時に「今ここ」で映し出されたクライアントの無意識の世界の入り口にいることを認識し、共に分析、探求する存在であることが求められています。そのためには、セラピストはいつでも「今ここ」での自身の体験に開かれ、自身の恐れや欲求を生きる人、実存するpresentな人である必要があります。臨床家自身が「今ここで」の自己と、その真実性に相対していることこそが、クライアントと協働で作る治療空間に分析材料を描きだす、治療装置の鍵になるのです。


 『転移-逆転移からの展開』~ひとの危機に共にいる臨床家として、自身の真実性とその危機にgenuineでありたい~。そのために私たちは、精神分析的知識と技術を身につけ、何よりその場にいること、to be presentでありながらそれらを行使する主体として、臨床的態度を磨き続ける使命があります。参加される皆様にとって、今回第30回大会を迎えるIADPの仲間と共に、臨床家として、存分に自身と向き合える3日間となりますように。


大会会長 橋本 麻耶